「スタートアップが知っておくべきM&A入門」の最終回となる今回は、事業の切り出しを利用したM&Aである、いわゆる「カーブアウトM&A」についてお話しします。カーブアウトM&Aは、次のような課題に直面した際に有効です。

  • 繰り返し新規事業を立ち上げて多角化が進んだ結果、コア事業に注力しにくくなったので、一部の事業を切り離したい
  • シナジー効果を見込んで他社から事業を譲り受けて、自社の事業を拡大したい

この記事では、カーブアウトM&Aによって、事業の一部を売却または取得する場合の留意点を説明します。

1 カーブアウトM&Aとは?

カーブアウトM&Aとは、

ある企業が、その事業の一部を切り出して売却する取引

です。
2020年7月に公表された経済産業省の事業再編実務指針等でも示されている通り、経営者にとって事業ポートフォリオの最適化は重要な課題です。この点、カーブアウトM&Aは、事業ポートフォリオの最適化を実現するための有効な手段の1つとして位置付けられます。
カーブアウトM&Aは難易度が高いといわれますが、重要なポイントは、

カーブアウトM&Aの特質や、カーブアウトM&Aで課題になることを正確に理解して、実際の案件において具体的な検討を行うこと

です。また、カーブアウトM&Aのスキームでは、法人所得課税の取り扱いなど税務上の観点からの検討が不可欠であるため、弁護士だけでなく、税務の専門家との連携も必要であることも大切なポイントです。

では、譲渡対象となる事業を「対象事業」、売り手に残る対象事業以外の事業を「対象外事業」と表記しながら、具体的な内容を説明していきます。

2 カーブアウトM&Aに適したスキーム選択に必要な視点

カーブアウトM&Aのスキームとしては、事業譲渡と吸収分割(会社分割)が利用されます。まずは両者の違いを確認してください。対象事業の規模がある程度大きい場合、会社分割が選択されることが多いですが、対象事業の内容や売り手・買い手に生じる手続きを踏まえた上で、適切なスキームを検討しましょう。

事業譲渡と会社分割の主な違いを示した画像です

売り手自身が対象事業を直接運営している場合、次のような方法でカーブアウトM&Aを進めます。

  • 事業譲渡または吸収分割により、対象事業を直接承継させる
  • 売り手が新設した子会社に事業譲渡または吸収分割により承継させ、当該子会社の株式を譲渡する

実務上は2.を選択することが多いです。その理由は次の通りです。

  • 買い手は吸収分割の当事者にならず、買い手が組織再編手続を実施しなくて済む
  • クロージングの前提条件等について、一般的な契約の枠組みが使える

一般的な契約の枠組みが使えることについて補足をすると、会社分割契約では事前開示書面として債権者等による閲覧の対象となるため、会社分割を実施する場合は、クロージングの前提条件、表明保証および誓約事項等を規定する法定外契約を、会社分割契約とは別に締結することが一般的です。

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3 なぜ、カーブアウトM&Aは難易度が高いのか?

1)譲渡対象範囲の特定が難しい

カーブアウトM&Aでは、

譲渡の対象となる対象事業と、売り手に残る対象外事業を特定

しなければなりません。一方、事業とは、資産・負債、契約、従業員(雇用契約)等の集合体なのですが、ある事業についてこれらを正確に特定する作業は容易ではありません。なぜなら、次のように、1つの契約・資産などが、対象事業と対象外事業の双方に関連している場合があるからです。

  • 1つの売買基本契約で購入している材料を、対象事業と対象外事業とで使用している
  • 1つの事業所を、対象事業と対象外事業とで使用している

対象事業に関連する契約や資産などの範囲は、普段からその事業に従事する従業員でなければ把握できていないことがあります。しかし、案件の初期段階から実務を担当する従業員を関与させることは難しいかもしれません。M&Aは、ある程度の段階になるまで、秘密裏に進められることが多いからです。ですから、M&Aが終盤に差し掛かったところで実務を担当する従業員が関与し、その段階で重要な問題が見つかることも珍しくありません。
 一方、数名の主要な役職員が対象事業の詳細を把握しているスタートアップ企業なら、このような問題は起きにくいといえるかもしれません。

2)スタンドアローン・イシューが発生する

カーブアウトM&Aで避けては通れない問題が、いわゆる「スタンドアローン・イシュー」です。スタンドアローン・イシューとは、次のような事象のことです。

  • それまで対象事業が、売り手またはそのグループ会社から受けていた有形無形のメリットが受けられなくなる事象
  • 売り手から切り離された事業が、M&Aの実行後に買い手の下では単独の事業体として運営を継続できなくなる事象

カーブアウトM&Aでは、スタンドアローン・イシューを早期に発見し、適切な手当てを行うことが極めて重要です。スタンドアローン・イシューは、売り手自身も正確に把握していないことが多いです。そのため、

デュー・ディリジェンスの過程でも認識できていないケースや最終契約の締結直前、さらに言えば最終契約の締結後やM&Aの実行後になって発見されるケース

も珍しくありません。

また、スタンドアローン・イシューの影響を受けるのは、買い手だけではありません。「対象事業と対象外事業に共通する契約を特段の手当てなく譲渡の対象としてしまった」など、M&A実行後に売り手の対象外事業の運営に支障が出ることもあります。
そのため、案件の段階を問わず、売り手・買い手の双方に、常にスタンドアローン・イシューを意識した対応が求められます。
スタンドアローン・イシューの内容や特徴等は、次の通りです。

スタンドアローン・イシューの内容や特徴等を示した画像です

スタートアップ企業同士が行うカーブアウトM&Aでは、代替性のない不動産や、事業の運営に不可欠なグループ内の契約が存在するケースは多くないかもしれません。一方、人事については、事業の運営が特定の役職員に依存しているケースが多いと思われるので、留意が必要です。
また、表中で紹介した以外にも、第三者との契約、許認可、年金などデュー・ディリジェンスにおいて一般的に分類される分野のほぼ全てにおいて、スタンドアローン・イシューは問題となり得ます。売り手・買い手の双方において、当該分野の実務担当者により、M&A実行による影響を検討することが重要です。

3)スタンドアローン・イシューの対応方法

スタンドアローン・イシューが発見された場合、幾つかの対応方法が考えられます。
例えば、M&Aの実行までに買い手が代替手段を導入するという方法です。この場合、導入に必要な費用を譲渡価格にどのように反映させるかが問題になります。
また、代替手段をすぐに導入することができない場合、M&Aの最終契約とは別に付随契約を締結する方法があります。この場合、M&Aの実行後も対象事業が継続して運営できるように、売り手から買い手に対して何らかの便宜を供与することが必要です。
付随契約としては、問題となるスタンドアローン・イシューに応じて、次のようなさまざまな契約類型があります。

  • 移行サービス契約(Transitional Services Agreement)
  • 不動産賃貸借契約
  • ライセンス契約

買い手が独立して対象事業を運営できるようになるまでの代替的な手段であることから、半年から1年半ほどの期間に限定して締結されることが多いです。最終契約締結の時点では、付随契約を締結するための事実関係の把握が間に合わず、契約の概要についてのみ合意するケースもあります。

カーブアウトM&Aでは、付随契約自体の内容について厳しい交渉が行われることも珍しくありません。付随契約の内容について合意できなかったため、案件自体が破談となってしまうこともあります。
また、売り手・買い手の交渉におけるパワーバランスは案件の段階によって変化するため、強気の交渉に出にくい局面で新たなスタンドアローン・イシューが発見され、自社に不利な内容での付随契約を締結させられるといった状況を避ける必要があります。
このような理由から、早期にスタンドアローン・イシューを洗い出すことは売り手・買い手の双方にとって、極めて重要な課題といえるでしょう。


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以上

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のぞみ総合法律事務所

執筆: 弁護士 市毛由美子
平成元年4月弁護士登録(第二東京弁護士会)、日本アイ・ビー・エム株式会社法務部に勤務後、都内法律事務所を経てのぞみ総合法律事務所パートナー。弁護士としては、コンピュータを巡る各種契約実務、知的財産権、会社法、コーポレート・ガバナンス等の分野を取り扱う他、最近では、上場会社社外役員として法律家の視点で経営判断に関わっている。
平成21年度 第二東京弁護士会 副会長
平成22年9月~平成24年8月 日本弁護士連合会 事務次長
平成26年5月~平成31年5月 イオンモール株式会社 社外監査役
平成28年12月~現在 株式会社スシローグローバルホールディングス 社外取締役・監査等委員
平成30年6月 伊藤ハム米久ホールディングス株式会社 社外取締役
著書等(いずれも共著) 『Business Law Journal』(レクシスネクシス、2010年1月号「ライセンス契約」) 『「社外取締役ガイドライン」の解説』日本弁護士連合会司法制度調査会 社外取締役ガイドライン検討チーム編(商事法務、2013年9月) 『Q&A プライベートブランドの法律実務』(民事法研究会、2014年8月) 『弁護士から見た情報処理』(情報処理学会、2014年3月号「情報処理」)


執筆: 弁護士 川西風人
京都大学法学部卒業。2007年弁護士登録(東京弁護士会)・NY州弁護士。M&A、コーポレート・ガバナンス、ベンチャー法務等を中心に取り扱うとともに、米国ロースクールへの留学、シンガポールの法律事務所での駐在、国内大手総合商社法務部への出向等の経験を経て、海外法務も得意としている。


執筆: 弁護士 吉田元樹
早稲田大学法学部卒業、東京大学法科大学院修了。2013年弁護士登録(第二東京弁護士会)。国内大手証券会社法務部への出向等を経て、現在は、M&A、会社関係争訟、コーポレート・ガバナンス、企業不祥事対応等を中心とした業務を行う。


執筆: 弁護士 劉セビョク
早稲田大学法学部卒業、早稲田大学法科大学院修了。2013年弁護士登録(第一東京弁護士会)。早稲田大学法科大学院アカデミック・アドバイザー(現任)。M&A、株主総会、コーポレート・ガバナンス、国際法務、エンターテインメント・スポーツ等を中心とした業務を行う。

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