2020年は、ここ数年の人出不足をさらに上回る「異次元の人材難」に直面することが予見されています。オリンピック開催と働き方改革関連法に伴う改正という2つのビッグイベントによって、労働市場が大混乱をきたすからです。

本連載では、この難局を勝ち抜く採用戦略について実践的なノウハウを提供していきます。連載第1回の本稿では、働き方改革関連法が採用環境に与える影響について、改めて解説します。その本質を正しく理解した上で、真摯に「採用」と向き合うマインドセットを確立することが、極めて重要だからです。

1 同一労働同一賃金の導入

2020年4月、働き方改革関連法の大きな柱である法改正が施行されます。いわゆる「同一労働同一賃金」の導入です。2016年9月に首相が「働き方改革実現推進委員会」を立ち上げ、2019年には「残業時間の上限規制」を柱とした労働関連8法案が改正されました。その第2波でありラストピースがこの同一労働同一賃金の導入というわけです。

そもそも同一労働同一賃金とは、同じ労働であれば同じ賃金を支払う、というシンプルで分かりやすい考え方です。全く同じ仕事をしているのに給与が異なるなんて不公平だ――。そんな不公平を解消しようと、同一労働同一賃金の導入が検討されてきました。

しかし、今回の法改正によって、このまますぐに同一労働同一賃金が実現すると考えるのは早計です。ざっくり解説すると、均等・均衡待遇原則に沿って、働き方が同じであれば同一の待遇にしなさい、働き方に違いがあれば、違いに応じてバランスをとって待遇差を解消しなさいということです。

同一労働同一賃金そのものというよりは、そのためのステップとして不合理な待遇差をなくそうとする内容になっています。つまり実態を見ると同一労働同一賃金の導入の一歩手前くらいのレベル感なのです。また、2020年4月時点では大企業のみの適用となり、中小企業においては1年間の猶予があります。そして直接的な罰則も、現時点では設けられていません。

そういった意味では、「同一労働同一賃金」の実現に向けて本格的に動き出したと捉えるくらいでちょうどよいかもしれません。

2 派遣労働者は待ったなし

とはいえ、留意しなければならない点もあります。今回の対象となる雇用形態は「パートタイム労働者」「有期雇用労働者」「派遣労働者」という、非正規雇用と呼ばれる人たちですが、直接雇用ではない派遣労働者に関しては、企業規模の大小に関わらず、一斉に適用されます。

派遣労働者の待遇が改善されるということは、派遣労働者を活用する企業にとってコスト増を意味します。しかも今回の法改正を理由に、企業側に派遣料金の値上げを迫ろうとしている(=値上げの好機と捉えている)派遣会社が多いとも聞きます。

加えて、今回の労働者派遣法の改正内容は極めて複雑です。そもそも同一労働同一賃金という概念を「派遣」という働き方になじませること自体かなり難しいわけで、結果的に法案が複雑化せざるをえなかったのです。派遣会社はもちろんですが、派遣労働者を活用する企業側も、派遣法の改正内容をある程度把握しておく必要に迫られます。

直接雇用の採用がままならず、派遣という人的リソースに活路を見出した企業にとっては、今回の法改正はかなりの逆風なのです。

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3 残業時間の上限規制

同一労働同一賃金に目がいきがちですが、実はそれよりインパクトがあるのが「残業時間の上限規制」でしょう。このルール自体は、先述のように2019年4月に施行されましたが、適用範囲は大企業まででした。それが1年の猶予期間を経て、2020年4月からいよいよ中小企業にまで適用されるのです。これこそが働き方改革の第2波の正体なのです。

残業時間の上限規制は、いうまでもなく労働者保護の視点から考案されたものです。長時間労働が横行している業界のひとつに飲食業界があげられます。我々、ツナグ働き方研究所が飲食店店長を対象に実施した調査では、彼らの月間平均残業時間は、なんと92.3時間にも及んでいました。さらに年末年始などの繁忙期は130時間超。改正法では完全に一発アウトです。確かにこの働き方は看過できるものではありません。

企業規模が中小零細であることが多いITベンチャーにおいて、特にエンジニア職種などでは、同じような傾向が見られるでしょう。

4 中小企業に与えるインパクト

改めて、残業時間の上限規制についてかいつまんで解説します。

  • 原則として「月45時間」「年360時間」
  • 36協定を結んだとしても「年720時間以内」
  • 単月の上限は「月100時間未満(休日労働を含む)」
  • 複数月平均上限「80時間以内(休日労働を含む)」(※「2カ月平均」「3カ月平均」「4カ月平均」「5カ月平均」「6カ月平均」が全て1月当たり80時間以内)
  • 原則である月45時間を超えることができるのは、年間6カ月まで
  • 上記に違反した場合には、罰則(6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金)が科される

大人数の労働者を雇用する大企業と違って、少人数が労働集約的に働くことで切り盛りしている中小企業において、労働時間のキャップが決められるというのは、極めて大きな打撃でしょう。決められた残業時間を遵守しようとすると、相当な人出不足が予見されます。

前述のように、派遣労働者活用が難易度も高まり、採用難易度は格段に増します。いったん落ち着きを見せている有効求人倍率が反転する可能性もあります。

5 副業の加速

実は、全ての働き手が「残業が少なくなること」を歓迎しているわけでありません。残業時間が減る、それはすなわち残業代が減ることを意味するからです。特に健康に自信を持つ若者の中には、がっつり働いてがっつりお金が欲しいという層が少なからずいます。そういった人は、稼ぎが減るぶん他でも稼ごうとなります。いわゆる副業です。

ある大手メーカーが従業員に副業を斡旋する取り組みをはじめたことが、新聞報道で紹介されていました。複数の仕事を経験することがイノベーションにつながるといった指摘もあり、副業が増えること自体は好ましいことかもしれません。

しかし、企業体力に余力のない中小企業にとって、従業員の副業は悩ましく感じることが多いかもしれません。本業とは働く場所が変わっても、1日8時間、週40時間を超えると割増賃金の支払い対象となるとされています。支払い義務を負うのは副業先の事業所です。しかし本業の事業所は従業員が副業先で雇用されている場合、労働時間を把握することとされています。この労働時間の把握が、実に面倒です。

6 本質的な命題

残業規制の中小企業への適用拡大は、少数の先発完投型従業員から多数の小刻みな継投型従業員での職務遂行へのシフトチェンジを求めています。また企業視点では、副業による従業員ロイヤリティの低下は懸念材料です。これは、家族のような絆で結ばれた日本型雇用の関係性を変質させていくものです。

日本型雇用慣行といわれる雇用システムは、企業と労働者の運命共同体的関係を育んできました。企業側は「うちの会社に就職したら一生安泰」という安心・安定を保障する一方で、労働者側は「雇って(=守って)もらっているわけだから、会社の都合で、なんでもやります」と忠誠を誓う濃ゆい関係性でした。

老舗の中小企業においては、特にこの傾向は顕著でしょう。また新進気鋭のベンチャー企業にしても、起業した社長のカリスマ性に惹かれた従業員が献身的に働くという構図は、同一線上にあるといえます。

そういった意味において、この働き方改革の第2波は、「残業規制による人出不足」という表層的課題だけでなく、「日本的雇用慣行=昭和なメンタリティ」との決別という本質的課題を課しているといってもいいでしょう。雇い方が変わることで採用のあり方もおのずと変わります。雇用のパラダイムチェンジ。これが2020年における採用戦略を考える上での一丁目一番地です。

次回は、採用ブランディングについて触れていきます。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年2月12日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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提供
執筆:平賀充記(ひらがあつのり)
株式会社ツナグ・ソリューションズ取締役 兼 ツナグ働き方研究所所長。1988年(株)リクルートフロムエー(現リクルートジョブズ)に入社。「FromA」「タウンワーク」「はたらいく」などリクルートの主要求人媒体の全国統括編集長。2012年(株)リクルートジョブズ・メディアプロデュース統括部門担当執行役員に就任。2014年ツナグ・ソリューションズ取締役に就任。2015年ツナグ働き方研究所を設立、所長に就任、いまに至る。
著書に『非正規って言うな!』『サービス業の正しい働き方改革・アルバイトが辞めない職場の作り方』(クロスメディアマーケティング)、『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』(アスコム)がある。

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