世界中を震撼させる新型コロナウイルスの蔓延によって、日本の労働市場は大混乱に陥っています。空前の人手不足から一転、内定取り消し報道が相次ぐなど採用環境も激変。今後、コロナ禍の影響で本格的な不況がやってくるとしたら、当然多くの企業は採用を絞っていくでしょう。

だからこそ、採用の大チャンスなのです。特に新卒採用にはチカラを傾けるべきです。連載7回目の本稿では、「採用においては景気の動向と逆張りすべし」というセオリーについて解説します。多くの企業のみなさまが、この状況に足がすくみそうになる中、それでも積極採用に打って出よう!という勇気を持ってもらえるよう、背中を押してみたいと思います。

1 コロナで採用予定の見直し

2021年春入社の新卒採用に関するあるアンケート調査によると、主要100社といわれる大手企業において、採用予定数を20年春入社より「増やす」とした企業は9社にとどまり、前年調査(23社)から大幅に減少しています。逆に「減らす」は29社と、前年の15社から倍増。この調査結果は4月20日に発表されたもので、新型コロナウイルスの感染拡大によって世界的な景気後退が進むと、採用環境はさらに悪化する可能性もあります。

こうした動きを受けて、「大卒求人倍率」も大きな影響を受けそうです。「大卒求人倍率調査」は、民間企業への就職意向を持つ学生数に対し、全国の民間企業の採用予定数がどのくらいあるのかという倍率を示す指標で、リクルートワークス研究所から毎年公表されています。
その「大卒求人倍率調査」の2021年卒版の公表が遅れることになりました。従来は毎年1月下旬~3月上旬に調査、4月下旬に公表されています。この2021年卒についても、例年通り調査を行ったものの、新型コロナウイルスの感染拡大により企業の採用計画が見直されていることから、再調査に踏み切った模様です。コロナ禍における現状に沿った数値が世に出るのは、6月下旬とのことです。

2 ジェットコースターのような求人倍率

企業のここ直近の動きからも、「新卒採用に対する企業の意欲がここまで景気に影響されるのか」ということを改めて痛感させられます。
ここで少し歴史を振り返ってみましょう。バブル期の絶頂にあった1991年、大卒求人倍率は2.86倍。就職したい学生一人につき3つの選択肢があったわけです。しかしバブル崩壊とともに大卒者の採用環境は悪化、1997年のアジア通貨危機、1998年にかけて大手金融機関破綻などで景気が急速に冷え込み、2000年卒はついに1倍を下回りました。就職超氷河期といわれる時代です。
その後、景気の回復を受け徐々に上昇し2009年卒は2.14倍と2倍を超えました。しかしここでリーマンショックが起きます。後の景気低迷を受け、2012年卒には1.23倍まで低下。ここから再反転し、第2次安倍政権下のアベノミクスもあって直近2020年卒では1.83倍と超売り手市場の様相を呈していました。

3 雇用の調整弁としての役割

なぜ、ここまで新卒採用が景気と切っても切れない関係にあるのか。それは日本型の雇用構造が大きく関係しています。先述のように空前の好況期であったバブル期などは、どこもかしこも採用を増やします。忙しくなり人手が足りなくなるので、自然なメカニズムといえます。
逆に景気が悪化し、企業業績が低迷すれば人手は余ります。とはいえ、ご存知のように日本はリストラが難しい国です。経費を減らし投資などを抑え、あらゆるコストカットに努める中、人件費はなかなか圧縮しにくいのです。
コロナの影響による派遣切りやパート社員の雇止めについての報道も散見されますが、契約期間が決まっている非正規従業員の整理ですら、実は非常にナーバスです。無期契約が前提の正社員の解雇となれば、法律的にも極めて難易度が高い。その結果、既存の社員を減らすのではなく、新しく入ってくる社員数を減らそうという動きが出てきます。こうして新卒採用に影響が出るのです。ある意味で、新卒社員は雇用の調整弁の役割を果たしているといってもいいでしょう。

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4 苦しい時ほどいい人が採れる

このように新卒採用は、景気によってその需給バランスを一変させます。好況期には採用が激化しますから、どうしても相対的にはレベルを下げてでも採用せざるをえなくなり、人材の質が下がることは否めません。逆に、景気後退によって採用が手控えられれば、いい人材が採用市場に残っていることも少なくありません。苦しい時に採用をおすすめするのは、まさに「いい人が採りやすい」からです。

しかも素材としての「いい人」というだけではありません。不況の時に採用した人こそ活躍する可能性が高いのです。その理由のひとつは教育環境の違い。不景気の中で厳選して採用された人には、企業の思い入れも強くなりがち。ていねいに手をかけて育成されることが多いために、その後の会社の根幹を支える人材へと羽ばたいてくれることが多々あります。

もうひとつは、新卒社員のマインドセットです。不況期でも採用をやめずに自分を採ってくれた会社への感謝は、大きな原動力になります。今回、内定を取り消された学生を積極的に採用しようという動きも出ました。家電量販店や外食チェーン、小売り専門店を展開するメーカーなど、次々と内定取り消し学生を採用したいと発表がありましたが、こうした会社に就職できた新卒の会社へのロイヤルティは非常に高いはずです。

5 リクルート事件で学んだこと

ここまで声高に述べてきたのは、実は、筆者である私の実体験もあってのことです。私は会社のピンチに入社した人材たちが活躍人材になることを目の当たりにしてきたのです。
私は1988年、新卒でリクルートに入社しました。人事課に配属され新卒採用の仕事に就きましたが、その年にリクルート事件が起きました。毎日のように面接をし、内定者と熱い思いを語り合っていたのですが、事件を受け、日に日に内定辞退者が出ました。結果的に入社してきたのは約半分でした。いまでも当時のことはハッキリ覚えています。

しかし、逆にいうと内定者の半分が残って入社してくれたのです。1988年といえばバブルに向かう売り手市場の時代。ほかにも入れる企業はいくらでもあったでしょう。
結果として、私の一期下に当たる代は活躍人材を多く輩出しました。少なくとも簡単には辞めませんでした。自分の代よりも入社した人数は少なかったものの、10年くらい経った時点での在籍人数は逆転していました。

いまとなっては、リクルートはグローバル規模にビジネスを展開する企業になりました。あの事件があった上でも入社してきた社員のパワーが、その一助になっている。私はそう確信しています。

6 いかなる時も人に投資する会社

このコロナ禍で先の見えない景気に足がすくむ中、採用に積極的に打って出るのは非常に勇気が要ります。しかし、ここで決断をして採用に投資し、社員全員で耐え忍んで頑張れば、再び好景気がやってきた時には、大躍進できる可能性もあります。この時期に採用した「人財」たちは、必ずや将来において会社を背負って立つ基幹人材になっていることでしょう。新卒採用においては、景気の動向とは逆張りする。活躍人材を獲得する上で、これは極めて合理的な選択なのです。

結局のところ、人材採用に対しての本気度が、本気度の高い人材を惹きつけるのです。不況でも苦境でも採用をやめない意志を持っている会社は、その時点で「人」を重要視している会社です。それは必ず伝わるのだと思います。

今回は、未来の基幹人材となる新卒採用のススメについて述べましたが、次回はある意味真逆のベクトルで、アフターコロナにおける雇わない人材活用について解説したいと思います。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年5月12日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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提供
執筆:平賀充記(ひらがあつのり)
株式会社ツナグ・ソリューションズ取締役 兼 ツナグ働き方研究所所長。1988年(株)リクルートフロムエー(現リクルートジョブズ)に入社。「FromA」「タウンワーク」「はたらいく」などリクルートの主要求人媒体の全国統括編集長。2012年(株)リクルートジョブズ・メディアプロデュース統括部門担当執行役員に就任。2014年ツナグ・ソリューションズ取締役に就任。2015年ツナグ働き方研究所を設立、所長に就任、いまに至る。
著書に『非正規って言うな!』『サービス業の正しい働き方改革・アルバイトが辞めない職場の作り方』(クロスメディアマーケティング)、『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』(アスコム)がある。

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