世界中を震撼させる新型コロナウイルスの蔓延によって、日本の労働市場は大きく変化しています。例えば、これまで遅々として進まなかったテレワークが一気に広がっています。テレワークへの振り子は、コロナ収束後も元には戻らないでしょう。こうした動きは働き方を変えるだけでなく、働く価値観さえも大きく揺さぶることになります。それは、採用という人材確保の手法にも影響を及ぼしていきます。

テレワークの普及が起点となって、採用のあり方が変わっていく。本連載の最終回となる本稿では、ポストコロナ時代の採用戦略、というか採用の枠を超えた人材確保策について考えていきたいと思います。

1 にわかテレワーカー170万人の衝撃

新型コロナウイルスの感染拡大防止策として接触8割減が叫ばれるようになり、どれだけ外出を抑えられるかが喫緊の問題なのはご存知の通りです。企業も続々とテレワークを導入し、在宅勤務を推進しています。
パーソル総合研究所が発表した「新型コロナウイルス対策によるテレワークへの影響に関する緊急調査」によると、正社員におけるテレワーク(在宅勤務)の実施率は13.2%、そのうち現在の会社で初めてテレワークを実施した人は半数近い47.8%とのこと。国勢調査をもとにざっくり推計すると、約360万人の正社員がテレワークを実施しており、そのうち約170万人が初めて実施したという結果です。この調査が行われた期間が3月9日~15日であることを鑑みると、現時点での「にわかテレワーカー」はもっと増えているはずです。

そもそもテレワークは働き方改革を推進すべく推奨されていたものの、その進捗は思わしくありませんでした。IT環境の未整備や情報セキュリティの不安といった物理的な問題もありますが、やはり根深いのは古い働き方から脱却できない就業価値観の問題でした。しかし状況はコロナによって瞬時に一変したわけです。
目覚ましく進歩したデジタルツールの恩恵を受けながら、通勤がないことでその分を仕事の時間に充当できることを噛みしめ、時間を有効に使わなきゃという強迫観念の中、思った以上に頑張れることを実感した人は多いはず。つまり「会社に行かなければできない仕事は皆無?」であると、みな気づかされたのです。

2 副業や独立が加速する

こうしてテレワークが一気に市民権を得ていくと何が起こるか。ずばり副業が増えます。そもそもコロナによる収入減を危惧する経済的背景から、副業で収入を増やしたい人は増えています。そこにテレワークという仕事環境が加わったわけです。控え目に言っても「比較的自由な労働環境」といえるテレワークでは、他の仕事がやりやすくなります。もっとあからさまに言うと、(ちゃんと業務を行い、アウトプットを納品していれば)誰も見ていないんだし、堂々と副業してもOKという状況なわけです。

そういった物理的な側面だけではありません。テレワークによって上司や同僚とのリアルな接触が減ると、どうしても所属する企業や組織への帰属意識が希薄になっていくのです。つまりテレワークが進むと、雇用する/雇用されるという意識が少しずつ曖昧になっていくことになります。そうなると一企業に忠誠を誓っている状態に疑問符が湧いてきてもおかしくはありません。こうした目に見えない心理的な変化が、複業へのチャレンジを後押しするのです。
さらに進むと、フリーランスへ転身するケースも出てくるでしょう。コロナによる景気の悪化で、「このまま会社にいても大丈夫だろうか?」という気分も水面化では高まっていますから、テレワーク中に副業してみたら結構いけたという人たちが独立を考えるのは、自然な流れです。

3 人材をシェアするという考え方

副業は、働き手にとってはパラレルワーカーになることを意味しますが、雇う側からすると、人材のリソースをシェアするということになります。雇うことは、これまで一般的には、自社で囲い込んだ人材のリソースを独占的に活用することと同義でしたから、この意識を大きく変えていく必要があるのです。

つまりポストコロナの時代は、人材を独占するのではなくシェアするという前提に立って人材を確保していく時代になってくるのです。人材をシェアするというと、リソースが流出すると感じる方がいるかもしれませんが、逆にパラレルワーカーやフリーランスといった人材を獲得するチャンスと捉えるべきでしょう。
働き手を縛り付けずに、あちこち壁を乗り越えていってもらい、自社にとっても他社にとっても、いい結果をもたらしてくれる。会社間や職場間を自由に行きかう人材を上手にシェアすることが、企業として勝ち残る重要なポイントになるのではないでしょうか。
これは、筆者が以前から提唱してきた「人材をオープンソースとして共有する」という考え方でもあります。このスタンスが、令和の時代にはスタンダードになると、再三述べてきました。こうした価値観が定着するのはもう少し先のことだと思ってもいましたが、もはやコロナで待ったなしとなるかもしれません。

現に副業(複業)を積極的に推進するサイボウズでは、他に本業を持つ人間が週に2日だけサイボウズで働くというような制度を推進しています。他の仕事で培ったノウハウをサイボウズの業務でも活かし、それにより他の社員が刺激を受け成長するというサイクルが生まれているようです。

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4 出戻りもウエルカム

雇用の垣根が曖昧になる。その観点でいけば、「雇用の出入りを曖昧にする=退職者の出戻りを歓迎する」という施策も考えられます。
出戻りというのは、言うまでもなく一度辞めた社員が、他社での勤務や独立など別の経験を経て、また自社に戻ってきて入社することです。アルムナイ(卒業生)リクルーティングとも呼ばれ、ビフォーコロナの超人出不足時代には注目の採用手法でした。

しかし、この出戻り採用にも乗り気になれない企業は少なくないでしょう。終身雇用が当たり前だった日本では、一社で長く働くことが正義で辞めることは裏切りであり悪でした。そういう価値観がはびこっている職場では、辞めた時点で「2度と顔出すな」となりがちです。ただ、もうそんな時代ではありません。ポストコロナには大きなパラダイムチェンジが求められていることは再三述べてきました。

そもそも出戻り人材は即戦力です。業務経験もあり、社内ルールも、社風もわかっています。会社のことを嫌いになったわけではないけど、どうしても新しいチャレンジしたいというような前向きな人が、外で武者修行して戻ってきてくれると考えれば、むしろ嬉しい誤算ともいえます。

5 働き手のキャリアを支援するスタンスこそ

副業を認め人材をシェアしあう。退職者の出戻りを歓迎する。通底するのは、雇う側が働き手一人ひとりのキャリアを支援するスタンスに立つ必要があるということです。

さまざまな理由から新しいチャレンジをしたいと考えた社員がいたとします。自社内でそのチャレンジの希望を叶えてあげられないのであれば、無理に引き留めるのではなく、シェアという考え方で積極的に支援する。それでも難しそうならいったんリリースする。そういった企業と個人のフラットな関係性が極めて重要となるのです。
ポストコロナ時代における働き手の帰属意識は、縛り付けるのではなく、むしろさまざまなチャレンジを支援することで醸成されていくでしょう。こういう考えに立脚した企業が魅力的に見えないわけがありません。パラレルワーカーを獲得するにも、優秀な人材が出戻ってきてくれることも、この魅力があってこそ。

未曾有のコロナ苦境を乗り切っていくために、変わらなければならないことは多いでしょう。人をシェアしていくというパラダイムチェンジも容易ではないでしょう。しかしポストコロナ時代の採用戦略に関しては、革新的手法を確立することではありません。採用の枠を超えた「働き手ファースト」の考え方こそが、人材確保の要諦なのです。結局のところ、普遍的で骨太な「人」に対する思いにたどり着くのです。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年5月27日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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提供
執筆:平賀充記(ひらがあつのり)
株式会社ツナグ・ソリューションズ取締役 兼 ツナグ働き方研究所所長。1988年(株)リクルートフロムエー(現リクルートジョブズ)に入社。「FromA」「タウンワーク」「はたらいく」などリクルートの主要求人媒体の全国統括編集長。2012年(株)リクルートジョブズ・メディアプロデュース統括部門担当執行役員に就任。2014年ツナグ・ソリューションズ取締役に就任。2015年ツナグ働き方研究所を設立、所長に就任、いまに至る。
著書に『非正規って言うな!』『サービス業の正しい働き方改革・アルバイトが辞めない職場の作り方』(クロスメディアマーケティング)、『なぜ最近の若者は突然辞めるのか』(アスコム)がある。

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