起業コンサルタント(R)、税理士の中野です。創業間もない経営者のみなさまのために資金繰りの基本について解説していますが、前回は貸借対照表をどのように分析するかについて紹介しました。その中でも少し触れましたが、財政状態によっては、借入を考えたほうが賢明だという経営上のシーンがあります。
今回は、借入をすることによって、あるいはしないことによって、どんなことが違ってくるのかについて解説したいと思います。

1 「起業してから借入をしたことはない」は自慢できることか

起業してからこれまで、「無借金にこだわって経営してきた」という経営者もいらっしゃるかもしれません。借金をしてまで事業をしたくない、リスクが大きい、返済の心理的負担が大き過ぎるなど、理由はさまざまです。借入しない理由については、どれも納得できます。でも、本当にそれで良いのか、考えてみましょう。

2 事業展開が限定されないか

自己資金内だけでの事業であれば、事業規模もその範囲になります。例えば、次の通りです。

1)小売業

良い立地、良い店舗の確保が難しくなります。店頭在庫など品揃えにも影響する可能性があります。

2)卸売業、サービス業

取引条件が不利になったり、取扱い規模を縮小したりする必要に迫られます。

3)飲食業

店舗の立地や内装工事、スタッフ数などで制約を受け、他店との競争に勝てなくなる可能性があります。

4)IT系の業種

例えば、アプリを開発してサービス展開しようと考えている場合は、優秀な人員の確保や開発費、その後の販促費用を節約する期間が長く続くことになります。

5)EC(通信販売)

ECサイトの制作、ECモールへの出店などの初期費用や広告出稿など費用で制約を受ける可能性があります。仕入自体に掛ける資金が不足していれば、取引量自体が減り、結果として粗利が少なくなる可能性があります。

6)全ての業種

本来なら掛けるべき経費(税理士費用などの間接部門コスト、営業面での人件費など)の節約により、社長自らの時間を浪費してしまう可能性があります。創業当初にはマーケティングやサービス展開の仕組み作りなど、将来に向けた社長の大切な時間を確保しておくべきです。

このように、資金不足の中での経営では、自分がやりたいことが十分にできず、「不利な事業展開」を余儀なくされることもあります。一方、創業当初に借入をするのであれば、資金を潤沢にし、やりたいように事業を展開することが好ましいともいえます。

3 出資もあるのでは?

同じ起業家という枠組みでも、スモールビジネスではなく、いわゆるベンチャー企業の場合、エンジェルなどの個人投資家や大企業などから出資を集めて資金を強化しようという考え方をする場合もあります。もちろん、その方向性もあります。その場合、3つのことを考えることが必要です。

1)議決権(資本政策)の比率をどうするか

1つ目は、議決権(資本政策)の問題です。少しでも他人の出資が入れば、あるいは議決権を多く保有されればされるほど、経営判断上、出資者の意図に合った動きをすることを意識する必要があります。その議決権は起業当初の株価が低い状況のときほど、多くの比率を差し出さなければならないという問題があります。

2)出資を集めた後、思ったように成長しない

当初、出資を集めて息切れした場合も考える必要があります。例えば、あるITサービスの開発に1年半かかる計画で、起業当初、大企業数社から2000万円集めたとします。開発が終わり、いざフタを開けてみたら、思ったよりも売上が上がるペースが遅い。今までの売上はほとんど0だ。こんなケースがよくあります。そこで日本政策金融公庫などから創業融資を受けようというとき、このようなケースだとしても、実績として売上がほとんど0だという点を捉え、悪く評価されてしまいます。逆に、創業当初なら、事業計画書上の売上計画をもとに借りられる可能性が高いのです。

3)出資は景気変動に左右されやすい

上記のようなエンジェルなどの個人投資家や大企業、ベンチャーキャピタル(VC)からの出資は、景気変動に左右されやすいという性質があります。まさに現在がその状況で、VCなどでは、新規の出資を停止しているところも数多くあります。出資だけに頼るのは、危険だという理由のひとつです。

4 緊急事態では心の余裕もなくなる

今回のコロナ禍のような有事の際、自己資金だけで経営していると、先が見えない中で、手元資金が減っていくことを常に心配していなくてはなりません。営業どころではなくなるのです。「困ったら、その時点で借入をすればいいじゃないか」と思われるかもしれません。ただ、思い出してみてください。記憶に新しいところですが、令和2年3月~6月ごろの新型コロナ感染症の第一波のころ、新型コロナ感染症関連の融資制度は日本政策金融公庫や市区町村役場の窓口は混み合い、融資実行までに2カ月ということも珍しくなくなっていました。困った時点ですぐに借入をするということ自体、成り立たない可能性もあるという教訓です。有事に備え、日頃からいざというときのために先に動いておくという発想が重要なのです。

5 借入をしておくということ自体に意味がある

「借入をしておく」ということには別の重要な意味があります。金融機関から借入をして、返済実績を作っておくことです。金融機関と安定した取引実績があれば、本当に資金繰りが困ったときに、気軽に相談ができます。金融機関は融資先を簡単には見放すことはしません。さらには、今後の事業が計画通り、順調に推移したときに追加の資金が必要になります。増加運転資金、新店舗開設資金等々に対応するためにも金融機関は重要な位置づけです。ここで、取引金融機関での実績がものをいいます。さらに、その事実を他の金融機関へもアピールできるのです。「誘い水」効果とも言います。

6 経営はアクシデントの連続

会社を経営していれば、いろいろなアクシデントに見舞われる可能性があります。その度に、資金面での不安を感じることになります。今回のコロナ禍のような有事であれば、なおさらです。ただ、ある程度の資金力があれば安心でき、事業の展開の幅が広がることは間違いないです。社員・顧客は経営者の顔を見ています。常に自信のある、明るい顔でいるためにも、資金にゆとりを持ちましょう。「備えあれば憂いなし」です。今まで無借金で経営してきたという方も、これを機に借入を検討してみてはいかがでしょうか。

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2020年12月28日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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提供
執筆:起業コンサルV-Spiritsグループ 代表 中野 裕哲
起業コンサルタント(R)、税理士、特定社会保険労務士、行政書士、ファイナンシャルプランナー、一級ファイナンシャルプランニング技能士。
年間約200件~300件の起業相談を無料で受け、多くの起業家を輩出。起業準備から起業後の経営まで、窓口ひとつで支援している。
日本最大の起業支援ポータルサイト「ドリームゲート」にて9年連続相談件数日本一。最優秀賞受賞他8部門受賞実績。

主な著書:
『給付金・協力金・融資・助成金・補助金・納税猶予・支払猶予「新型コロナ資金繰り対策」がすべてわかる本』(日本実業出版社)『起業の疑問と不安がなくなる本』(日本実業出版社)、『起業で使える事業計画書のつくり方』(ソシム)など

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