マンパワーグループ会長兼CEOのヨナス・プライジング氏は、「世界各国で過去に例がないほどの人材不足に陥っていて、(中略)人材、スキル、業務プロセス、テクノロジーの適切な組み合わせを確立することこそが、企業が事業戦略を遂行し、価値を生み出し、社員の人生を豊かにするただひとつの方法」(*1)と、まさに世界に「スキル革命の時代」が到来していると話しています。

ここ日本では、89%の雇用主が必要な人材を見つけられない(*2)という深刻な状況となっています。今まで豊富な知識や経験を有してきた人材であったとしても、「人」であるが故に、いずれは企業を去るときが必ずやってきます。さらに、事業を継承する上でも、知識や経験をどのように伝承すべきなのかが問われているのが現状です。

同氏が言う、人材の育成やスキルの習得、業務プロセスの改善、そして、必要なテクノロジーの選択をどのように行うべきなのか、また、それらをどのように組み合わせるべきなのか。こうした「How」 の部分が明らかではないために多くの企業は議論を先に進められていないのです。今は、このような深刻な人材不足問題に対し、新たなアプローチをせざるを得ない時代なのです。こうした時代を生き抜く上で大切になる解決手法のひとつが、まさに人工知能AI技術(以下「AI」)なのです。

1 非構造化データの利活用が企業の未来を左右する

全世界のありとあらゆるデータをかき集めてきたときに、その中でコンピューターが読める構造化データは20%にも達しません。つまり、これまでは、20%未満のデータを基に企業は経営戦略や事業戦略を立案・推進してきたといえます。これはあまりにもリスキーで、これまでは偶然うまくいっていただけと考えるべきであって、非常に低い精度に基づく判断であったといえるでしょう。コンピューターが読むことができない残り80%以上もの音声や画像、PDFといった非構造化データを、AIを駆使して取り込み、企業戦略に役立てることがどれだけ重要で、企業の未来を左右するか、ということは容易に想像がつくはずです。その非構造化データをコンピューターが読めるデータに構造化し、AIの音声認識技術や画像解析技術、そして自然言語処理技術を融合化させることで、企業の未来をより精度高く予測することが実現できるようになるのです。

2 バラエティーに富んだ人材発掘と最適な人材配置を割り出す

企業は、その規模を問わず、取引先の価値最大化を実現するために、戦略的組織をつくり上げたいと日々模索しています。組織の命運は、その最小単位である 「人」 によってかなり大きく左右されます。一番恐ろしいのは、組織の形骸化であり、「生きもの」 としての動きを止めてしまった組織は、自社のみならず、様々なステークホルダーに多大な悪影響を及ぼします。それは、収益を圧迫する直接の要因となって、その企業を中枢からむしばむことにもなるのです。

組織を「生きもの」 として魅力あるものにするには、組織を構成する「人」がバラエティーに富み、「人」と「人」との効果的な相関関係をどのように生み出すのかがキーとなります。そのための有効策がAIの自然言語処理・類似度解析技術なのです。

今までは、企業が求める人材像はほぼ1つでした。そのため、たとえ優秀な人材が集められたとしても、個性は度外視され、同じような考え方を持つ人材しか入社してこなかったのです。しかしながら、企業には様々なセクションが存在し、そのセクションごとに求められる適性が異なるのは当たり前です。従って、セクションごとに求める人物像を細かく定義し、応募してくる人材との適合性がどの程度あるのかを判別できれば、企業にとって本当に必要な人材を割り出し、適材適所の採用が実現できるようになるのです。その際、セクションごとに求める人物像をAIに教師データとして与え、応募してくる人材の履歴書をはじめとする各種情報とどれほど似ているのかをAIで解析していくのです。こうすれば、今まで見落としがちだった本当に必要な人材を見つけることができ、採用業務の担当者の負担も大きく軽減することにつながります。このAIの技術は人材交流や人事異動の際にも有効です。

また、「人」と「人」との相関関係については、例えば、ある企業が、AさんとBさんがタッグを組むと売り上げが30%増加するのに、AさんとCさんがタッグを組むと売り上げが20%減少する、という事実を把握していても、これまでは、どのように対処すれば効果的なタッグを組めるのか打開策の講じ方が分かりませんでした。このような場合でも、AIの自然言語処理・乖離(かいり)度解析技術を駆使することで、企業が望む結果を生み出したタッグをAIに教師データとして与え、今回のタッグがどの程度その事例から乖離しているのかを解析することで対応できるようになります。

このように、AIの自然言語処理・類似度解析技術や乖離度解析技術を利活用することで、今まで定量的解析しかできていなかった世界に多角的視野を与え、あらゆる視点から考察することができるようになるのです。

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3 人材育成・技能伝承の実現のために「人」への依存度を軽減するAI利活用

専門性を追求し、技術を身に付けた人材は、企業の価値を創出するために、とても重要な存在です。しかしながら、そのような人材も、「人」であるが故に、体調を崩すことや高齢のため退職してしまうことが多々あり、それを引き継ぐ人材の育成や技能の伝承が企業のリスク要因となっています。そのリスクヘッジのために企業をサポートするのがAIなのです。「匠」や「ベテラン」と呼ばれる人材の豊富な知識や経験を、AIに画像、音声、テキストという形の教師データとして与え、AI技術を利活用することにより、知識や経験を伝承していこうとする試みが進んでいます。

例えば、日本の酒蔵で働く杜氏(とうじ)は、気温や湿度はもとより、米や水の状態を把握し、水に浸した米が、ひび割れを起こす状態を経験的に判断できます。また、ショベルカーの操縦士は、土を掘る際にショベルの爪先を寸分違わず、狙った位置に接地させることができます。その他、化粧品売り場の販売員は、女性の肌のキメ細かさの状態を経験的に十数種類に分類し、その状態の肌にフィットする化粧品をリコメンドできます。こうした経験を技術的に伝承していくことは、企業にとって非常に重要であり、それが実現できないとなると、企業のブランドや信用が失われてしまう事態に陥ってしまいます。

そこで、日本酒の酒蔵では、水に浸して米がひび割れする状態の大量の画像をAIで学習させ、その状態になる瞬間に水から米を引き揚げることを実践する取り組みが行われていますし、工事現場では、ショベルカーの爪先にIoTセンサーを埋め込み、数ミリ秒単位で動く爪先の位置情報を通信衛星を経由して収集し、地面のどの位置に爪先が接地するのかをAIによって予測する取り組みも行われています。これが本格的に展開されれば、現場で人が作業する必要性はなくなり、ホワイトカラーの人がリモートでゲームコントローラーのようなものを操作し掘削するということができるようになります。難しい操縦を覚える必要がなくなり、現場での事故も限りなくゼロに近づくとして、働き方改革を実践できるのです。また、一つとして同じものがないといわれる人の肌のキメ細かさを判断する化粧品売り場の販売員は、対象の肌の画像全てを判定しなくてはなりません。その負担は甚大で、時間的な経過により判定精度が低下することも考えられます。AIの画像解析・分類技術によりこれらの課題が解決できるため、AIが果たす役割は非常に大きいといえます。

4 AIの技術による課題の解決は、AIの特性の把握から

AIの音声認識技術を利活用するシーンを想定してみましょう。例えば、会議内容を議事録化する際には、この技術を利活用することは重要です。音声認識では、発話した音声を話者分離しながらリアルタイムに発言内容をテキストデータ化することができます。しかし、それだけで議事録化できるわけではなく、AIの自然言語処理技術によって、テキストを認識し、解析し、形成・加工して、テキストを要約する必要があります。このように、複数のAIの技術要素を融合することで、会議内容を議事録化したいというニーズに応えられるのです。

さらにその際、熟知しておかなければならないことがあります。ひとつは、AIの音声認識技術によるテキストデータ化の平均精度が75~85%であり、それをベースとした議事録化を検討しなくてはならないということです。もうひとつは、AIの自然言語処理技術におけるテキスト要約を実現できるAIベンダーはごく限られているということです。

AIの自然言語処理を提案するAIベンダーの中には、文章の排除・削除・言い直しのことを「要約」と称して、「要約」ができると言い切るAIベンダーがいることに注意する必要があります。これはルールに基づいて文章を「削減」しているだけに他なりませんので、もはやAIではないのです。本当の意味でのAIによるテキスト「要約」とは、テキスト化された文章データを、最小単位である品詞ごとに分解して、それらの相関関係や感情要素を解析し、人間の感性に近い形で必要な文書量にまとめることなのです。これは、AIの音声認識技術とAIの自然言語処理技術の融合シナリオを展開できるAIベンダーでなければ実現が難しいのです。AIとは何なのか、AIの特性を理解して、ニーズを満たすソリューションやサービスを選定できるようになることが重要で、それができて初めて今までに相当な時間を要していた議事録作成業務から解放され、より質の高い業務に従事することができるようになるのです。さらに、様々なAIの技術要素の融合により、人材育成や獲得、最適な組織編成や人員配置、不安視される経験や技術の伝承、業務効率化などが実現可能となります。

AIは、「人に優しく、人に寄り添う世界」 を創造する人類のパートナーとして、今後はますます重要なポジションを占めていくことになります。AIの技術の特性を把握すること、そのためにしっかりとAIについて学ぶこと、そして、AIの個別の技術評価を行うのではなく、自社が抱える課題を抽出することで、どのようなAIが課題解決のために必要なのかを検討し、それが本当にAIの技術を利活用して解決すべき課題なのか、コンピューターシステムにより解決すべきなのかを慎重に検討することが大切なのです。

<注釈>
(*1)マンパワーグループ「2018年人材不足に関する調査 人材不足を解消する4つの戦略―育成、採用、外部活用、配置転換」

(*2)マンパワーグループ「2018年人材不足に関する調査結果を発表(2018.08.08)」

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2019年10月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

※上記内容は、株式会社日本情報マートまたは執筆者が作成したものであり、りそな銀行の見解を示しているものではございません。上記内容に関するお問い合わせなどは、お手数ですが下記の電子メールアドレスあてにご連絡をお願いいたします。

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提供
執筆:AI Infinity 株式会社 代表取締役社長 最高経営責任者 春芽健生
慶應義塾大学 法学部 法律学科 卒業
富士通、日本ヒューレット・パッカードを経て、日本オラクルでは北海道支社長を務めるなどIT業界における要職を歴任。さまざまなビジネス・クリエーションを実現してきたIT業界におけるビジネス・スペシャリスト。人工知能AIを中核として、さまざまなAI技術要素を融合化させたソリューション・サービスを提供する AI Infinity 株式会社の代表取締役社長 最高経営責任者として 「人に寄り添うAI・汎用型AI(GAI:General Artificial Intelligence)の実現」 を目指す。東京都からの依頼により登壇講演した 「AIに不可欠なデータ精査の重要性」 や、韓国企業からの依頼により登壇講演した 「AIの未来像」 は記憶に新しく、他企業に対するプライベートセミナーでの講演やAI導入に関するコンサルティングも多数実施している。

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