アクアポニックスとは、魚の養殖と野菜などの水耕栽培を掛け合わせた農業のことです。2025年日本国際博覧会(大阪・関西万博)でアクアポニックスの展示をする計画があったり、各地で実証実験が進んでいたりするなど、アクアポニックスの取り組みは盛んとなっています。また、SDGsの面でも、17の目標のうち「2 飢餓をゼロに」「14 海の豊かさを守ろう」「15 陸の豊かさも守ろう」の達成につながるとして注目されています。
この記事では、アクアポニックスの具体的なメリット、新規参入の課題、先行事例などについて紹介します。異業種からの参入例もあるので、これから新規参入を考えるためのヒントとしてご活用ください。

1 アクアポニックスのメリット

1)食料生産の効率化

1.スペース当たりの生産量が多い
アクアポニックスのメリットの1つは、食料生産の効率化です。魚の養殖と野菜の栽培を同じスペースで行うため、これらを別々に行う場合よりも生産量が多くなるのです。
アクアポニックスの普及に向けた教育事業などを展開しているアクポニ(神奈川県横浜市)によると、5000円のコストで養液栽培とアクアポニックスの生産量を比較した場合、

  • 養液栽培:液肥4キログラムでトマトが3株を生産できる
  • アクアポニックス:魚餌23キログラムでトマト8株と魚17キログラムを生産できる

と言う具合に、明らかにアクアポニックスの生産量が多くなるそうです。

2.育つのが早い
アクアポニックスは、土壌栽培で育てるよりも短いスパンでの収穫が可能です。
アクアポニックスの直営プラント運営事業などを展開しているプラントフォーム(新潟県長岡市)によると、土壌栽培では収穫まで60〜90日程度かかるレタスを、同社のアクアポニックスを活用して栽培したところ、最短25日で収穫可能な大きさ(80グラム)に育ったそうです。

2)環境への負荷の軽減

1.農薬や化学肥料が必要ない
アクアポニックスは、農薬や化学肥料を使わずに魚・野菜を生産できます。アクアポニックスは、魚の排泄物をバクテリアが栄養素に分解し、野菜が養分として吸収する形で成り立っています。また、野菜が魚の養殖で用いている水の養分を吸収し、きれいになった水をポンプで水槽に戻すため、農薬や化学肥料を使わずに魚も野菜も育てられるのです。
なお、アメリカではアクアポニックスで育てられた生産物について、USDA(アメリカの有機認証)が認められています。

2.節水効果が高い
アクアポニックスは、魚の養殖と野菜の栽培を同じ水で行えるため、節水効果があります。通常、魚や野菜を育てるときは、定期的に水を換えたり散水したりする必要がありますが、魚の排泄物をバクテリアが分解するアクアポニックスの場合、水をきれいな状態で長く使うことができます。
アクポニによると、アクアポニックスは土壌栽培と比較して80%以上の節水効果があるそうです。

3)社会への影響度

1.学校などでの教材として活用できる
アクアポニックスは、学校などで「生産→加工→販売」の流れを体験できる教材として活用できます。省スペースで農業・漁業を体験できるため、大きな費用をかけられない場合でも効率よく学べるでしょう。
例えば、実践女子学園(東京都渋谷区)では、家庭科の授業で、生徒がアクアポニックスの設計・組み立て・野菜と魚の育成などに取り組んでいます。同校ではSTEAM教育(注)の手法を用いて自然と生活の結び付きに着目した授業に力を入れており、アクアポニックスについても、STEAM教育の全ての要素が含まれていることから教材としての採択を決定したそうです。

(注)科学(Science)、技術(Technology)、工学(Engineering)、芸術(Art)、数学(Mathematics)の頭文字を取った造語で、文理の枠を超えて学習を実社会に活かす能力を育む教育のことをいいます。

2.障害者の就労支援にも活用できる
アクアポニックスは、農薬の散布や農耕など、大がかりな作業が不要なため、障害者の就労支援にも活用できます。
例えば、ビルの屋上で農福連携農園を運営するAGRIKO(東京都世田谷区)では、地域の障害者施設と連携し、定期的に体験学習を開催し、就職希望者は企業の障害者雇用にマッチングさせて、雇用を創出するという取り組みを行っています。

2 新規参入の上での課題は?

1)養殖できる魚や栽培できる野菜が限定される

アクアポニックスでは、魚の養殖と野菜の栽培を同じ水で行う関係で、育てられる種類に限りがあります。アクアポニックスで養殖できる魚は、「イズミダイ・チョウザメ・ホンモロコ」などの食用淡水魚や、「錦鯉・金魚・熱帯魚」などの観賞魚に、野菜は「リーフレタス・トウガラシ・トマト・イチゴ・メロン・バナナ・パパイヤ」などに限定されます。
魚については、現在民間企業や大学で「海水魚を用いたアクアポニックス」の研究がされていますが、実用化には至っていないようです。具体的には「ヒラメ・マダイ・オニテナガエビ」などの試験が行われています。
なお、チョウザメのように収穫までに数年かかる魚でも、従来の半分ほどの期間で収穫できる品種を取り扱っている企業もあります。育てる魚・野菜を選ぶときは、収穫できるまでの期間を確認してみてください。

2)採算性が合うか確認する必要がある

アクアポニックスで魚や野菜を育てても、淡水魚や葉物野菜の場合、卸価格が低くなる可能性があります。例えば、東京都中央卸売市場「市場統計情報」によると、2023年4月時点でグリーンリーフレタスの卸売価格は、1キログラム当たり255円です。
日本ではアクアポニックスの注目度が徐々に上がってきているとはいえ、消費者側にアクアポニックス産の野菜などのニーズがどれほどあるかは未知数なので、いきなり大量生産に踏み切っても採算が合わない可能性があります。
逆に言うと、「農薬・化学肥料を使わない」などのアクアポニックスの強みを、商品のデザインやシンボルマーク、商標、名称、キャッチフレーズなどを工夫して伝えられれば、ブランド価値が生まれ、他社と差別化が図れるかもしれません。

3)初期投資が高額になる可能性がある

アクアポニックスの初期投資は、数百万円から数千万円程度かかるといわれています。アクポニによると、日産300株でのシステム価格は約700万円になるそうです。
なお、全国新規就農相談センターの「2021年度新規就農者の就農実態に関する調査結果」によると、就農するために要した費用(機械施設取得資金)は560万7000円でした。このことからも、アクアポニックスの初期費用は高額になる可能性があるといえるでしょう。
ですから、いきなり大きなシステムに投資するのではなく、まずは初期投資を極小化させて試験栽培から始めるのが無難です。

3 アクアポニックスに取り組む企業の先行事例など

1)アクポニ(神奈川県横浜市)

日本初のアクアポニックス専門企業といわれる同社は、神奈川県藤沢市でアクアポニックス農場「湘南アクポニ農場」「ふじさわアクポニビレッジ」を運営しています。農場では、イズミダイ、オニテナガエビ、葉物野菜などを育てつつ、大学や企業と連携してITシステムなどを⽤いた実証実験も行っています。アクアポニックスの異業種参入も積極的に支援している他、アクアポニックスを体系的に学べるスクールも運営しています。

■アクポニ■
https://aquaponics.co.jp/

2)プラントフォーム(新潟県長岡市)

アクアポニックス事業を営む同社では、直営のアクアポニックスプラントで育てた野菜、エディブルフラワーなどを、オリジナルブランド「FISH VEGGIES(フィッシュベジ)」として販売しています。「無農薬・無化学肥料なので子どもや妊婦も安心して食べられる」「根土付の生きた野菜なので鮮度が保てる」といった点がブランド価値につながっているようです。また、同社では、アクアポニックスの新規参入・運営支援事業も行っており、参入相談だけでなく、プラント稼働後の運営相談など幅広いサポートを行っています。

■プラントフォーム■
https://www.plantform.co.jp/

3)アクアテック(愛知県津島市)

給排水設備工事業などを営む同社は、配管施工の技術力を活かし、愛知県愛西市でアクアポニックス農場「つなぐファーム」を運営しています。生産可能株数約2万株という大規模な農場で、魚や野菜にトラブルが発生した際、水耕栽培と陸上養殖を切り分ける切換型装置を備えています。地方創生の観点から郷土料理に使われるホンモロコなどを育てつつ、就労継続支援B型事業所の運営会社と提携して障害者の就労支援も行っています。

■アクアテック■
https://agile-aquatec.jp/

4)スーパーアプリ(愛知県名古屋市)

システム開発業を営む同社は、アクアポニックス農場「マナの菜園」を運営しています。この農場では、同社が開発したIoTサービス「マナシステム」を用いて、水産関係では水温やpHなど、農業関係では業面では室温や湿度などのデータを一元管理し、イズミダイ、チョウザメ、葉物野菜などを育てています。

■スーパーアプリ■
https://www.super-appli.co.jp/

5)AGRIKO(東京都世田谷区)

アクアポニックス事業を営む同社では、東京都にあるビルの屋上で農福連携農園「AGRIKO FARM」を運営しています。前述した通り、障害者の雇用を創出しつつ、農園で育てたホンモロコ、バジルなどを、同じビルの1階カフェで提供しています。環境省が環境と社会に良い取り組みを表彰する「グッドライフアワード」の受賞経験もあります。

■AGRIKO(東京都世田谷区)■
https://www.agriko.net/

以上

※上記内容は、本文中に特別な断りがない限り、2023年6月30日時点のものであり、将来変更される可能性があります。

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